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神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)1464号 判決 1988年9月30日

原告

中西栄太郎

外一〇名

右原告一一名訴訟代理人弁護士

深草徹

被告

中野理夫

右訴訟代理人弁護士

平田雄一

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告ら(請求の趣旨)

1  被告は、別紙目録記載の導水路より取水して、原告らの水利権を妨害してはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告ら(請求原因)

1  原告らは、いずれも神戸市北区淡河町神田地区において、別紙目録記載の導水路(以下「本件導水路」という。)及びこれに続く神田川より取水された水を灌がい用水として利用し、耕作を続けてきた水田を代々相続し、現に所有しているものであって、本件導水路及びこれに続く神田川の流水について、水利権を有する。

原告ら及び原告ら先祖は、右桜井堰、本件導水路及び導水路より汲み上げた水を貯蔵する溜池である栗池などの水利施設の維持・管理・改修のため労力や費用を投じてきた。奥池の水を灌がい用水とする被告ら所有の田畑を「奥池かかり」と、同じく栗池の水を灌がい用水とする原告ら所有の田畑を「栗池かかり」と呼んでいるところ、昭和一三年ころの改修に際し、栗池かかりの耕作者・所有者ら(以下単に「所有者ら」という。)も費用負担したことは明らかであるし、大正一四年の改修工事については、「奥池四分、栗ノ木(栗池)六分ノ割ニテ入費ヲ分当」(栗ノ木池下池算用帳の記載。甲第四号証)した。右四分、六分の分担は、本件導水路の流水を利用している各池かかり別の面積比によったものであった。さらに、原告らの中には、奥池かかりの田畑を所有し、その資格において費用負担している者もいる。

また、右水利施設の存在及び灌がい用水の利用は、何人にも明らかな状態にされており、長年にわたり、何人からも異議はだされず、平穏に推移してきた。

2  被告は、神戸市北区淡河町神田地区において、同地区内の被告外八名を構成員とする土地改良協同施工が土地改良法九五条に基づきなした土地改良事業の主宰者であるが、昭和五九年五月ころ、右土地改良事業の一環として本件導水路桜井堰付近に取水口の取付工事を行い、ポンプ場を設置し、設置したポンプ(以下「本件ポンプ」という。)によって右導水路の流水を右地区内の溜池であるヒクニ池に汲みあげ、現在に至っている。

右ヒクニ池には、従来、本件導水路の流水は全く汲みあげられていなかったが、被告主宰の右土地改良事業の実施により、水量不足が明白となり、被告は、原告らと事前に話し合うことなく、一方的に工事を行い、本件導水路の流水を汲みあげている。

3  本件導水路の流水には、桜井堰において西畑川から取水される流水(以下「西畑川流水」という。)と本件導水路上流の奥池の桶を抜いて放流される流水(以下「奥池流水」という。)の二種類がある。古来、本件導水路には西畑川流水しかなかったが、渇水期に対する備えとして、奥池が設けられ、西畑川流水のないときに奥池の桶を抜いて本件導水路に奥池流水を放流し、奥池かかりの田畑の農業用水とした。奥池には、上桶、中桶、本桶の三つの桶があり、上桶を抜いて放流した水を利用できる田畑、中桶を抜いて放流した水を利用できる田畑、本桶を抜いて放流した水を利用できる田畑というように細かく区分されている。同様に、本件導水路下流から神田川にかかる付近では渇水期に栗池の水が利用されている。

渇水期以外の時期には、本件導水路の流水は西畑川流水のみであり、右流水は、直接田畑に引き込み、あるいはポンプで溜池に取水されている。

そして、従来から、奥池かかりの所有者らの中でも、本件導水路に面し、取水設備を有する田畑を所有する者のみが奥池流水を利用できたにすぎなかったのに、被告は右奥池流水さえ利用することのできなかった田畑のために、西畑川流水を本件ポンプで取水してこれをヒクニ池に揚げているのである。

4  被告の右取水は、本件導水路下流の水利権者である原告らの水利権に重大な支障を来す行為であり、水田耕作に致命的な影響を及ぼす危険のある行為である。

よって、原告らは被告に対し、水利権に基づき、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  被告(請求原因に対する認否)

1  請求原因1の事実は否認する。

2  同2の事実は認める。

3  同3、4は争う。

三  被告の主張

1  本件導水路は、昭和一三年に従前から存した水路を改修して設置された、西畑川(旧名称五味川)の取水口(桜井堰)から県道に至る直前までの水路(別紙図面①点から②点に至る青太線部分)である。本件導水路は、幅約六〇センチメートル、深さ約五〇センチメートル、全長約一〇〇〇メートルに及んでおり、その間、奥池かかりの田畑に取水するため、約二〇か所に堰が設置されている。桜井堰から取水された西畑川流水は、右約二〇か所の堰を通って流れる(その周辺の田畑に順次取水された後、次の堰に流水する。)が、桜井堰の導水の調整(堰の板はずしなど)及びその間の流水の管理・支配はすべて被告らが共同して行っており、原告らはなんらの関与もしていない。

本件導水路設置前は、本件導水路にそって水路が存在し、右水路は被告らが居住する区域内に存する奥池という溜池の水を利用する田畑(地元では「奥池かかり」と呼んでいる。以下「奥池かかり」という。)の所有者ら(耕作者を含む。以下同じ。)が設置したもので、右水路の流水についてはこれらの者に水利権があった。

奥池かかりの所有者らは、本件導水路の設置費用の大部分にあたる金九〇八円五五銭を負担し、本件導水路の敷地及びその管理道路敷地を提供し、かつ本件導水路の擁壁の補修、草刈、土砂揚げなど管理・補修の一切を行ってきた。さらに、本件導水路は昭和五八年に約六〇〇〇万円をかけて大改修されたが、その費用はすべて被告らが負担した。

2  本件導水路付近には、無数の溜池があり、本件導水路付近の田畑は、右溜池の水を利用していた。溜池のうち大きなものは、「奥池」、「西谷池」、「栗池」等であり、これらの池の水を利用している田畑を、地元ではそれぞれ「奥池かかり」、「西谷池かかり」、「栗池かかり」と呼んでいるところ、本件導水路は奥池かかりの田畑を貫通して設置されている。

3  昭和一三年、本件導水路の下流の加古郡稲美町、三木市、神出町、岩岡町等の村落が集まって、兵庫県淡河川・山田川普通水利組合(現兵庫県淡河川・山田川土地改良区。以下、単に「水利組合」という。)を結成し、五味川の水利権者である美嚢郡上淡河村に対し、五味川からの引水を求めた。

昭和一三年一二月二〇日、上淡河村の代表者と水利組合との間で、淡河川疎水取入口の増水を図る目的で、兵庫県有馬郡八多村西畑字谷ノ下所属に、井堰(桜井堰)を新設し、右井堰から淡河川までの間に導水路を設置することを内容とする契約(いわゆる分水契約)を締結し、本件導水路は水利組合が施工して設置した。

4  右分水契約により、五味川からの引水期間は毎年九月二〇日から翌年四月二〇日までの間と定められ、それ以外の期間は水源地方灌がい不要に属する余水(五味川の水量が豊富である場合の余水を意味する。)を引水できるものとされた。そして、桜井堰から神田字宮谷区一九二番地先に至る間の導水路は水利組合の専属水路として同組合が維持管理することとされた。もっとも、既設水路から取水して灌がい用水として利用していた田畑は、将来専属水路を利用することは差し支えないものとされた。

5  昭和一三年以前から奥池かかりの所有者らは桜井堰の位置に井堰を設置し、取水のための導水路を設置していたところ、右水路は奥池かかりへの導水路及び余水の排水路として、主に神田字五味、宮谷、大町、城谷の地域の奥池かかりの所有者らの人々が利用していたものであって、本件導水路設置後も本件導水路を利用できるものは奥池かかりの所有者らに限られていた。

6  以上のとおり、本件導水路の水利権者は水利組合と既設水路利用権者である奥池かかりの所有者らであるところ、被告は、昭和五八年三月一七日、神戸市神田土地改良事業(農地の区画・形質の改善、用排水・道路の整備、農地の集団化、農地経営の合理化、農業機械化による営農労力の削減を目的とする。対象農地の範囲は、神戸市淡河町神田及び西畑の田畑7.92ヘクタールである。)のため、水利組合(現兵庫県淡河川・山田川土地改良区)と既設水路利用権者である奥池かかりの所有者らの同意を得て、本件ポンプを設置した。その際、被告は奥池かかりの所有者らに対し、利用期間は四月二一日から九月一九日までとし、奥池灌がい用水に不足を来さないことを順守する旨約した。本件ポンプは、別紙図面記載のYP点に位置し、YP点から埋設されたパイプでヒクニ池に引水されている。ヒクニ池は奥池かかりの範囲内に所在する。

7  水利権は、広義では河川の流水を含む公水一般を継続的かつ排他的に使用する権利であり、狭義では河川法の規定によって河川から取水することを認められた権利であるが、いずれにしても、水利権は公共の用に供されている流水を利用する権利であって、私の用に供されている流水を使用する権利は含まない。

本件導水路は、前記のとおり、水利組合が農業用公共施設改良事業として、五味川から取水して下流の淡河川疎水取入口の増水を図る目的で施工・完成したものであり、右工事につき、奥池かかりの所有者らに代わって上淡河村村長が同意している。そして、本件導水路中、桜井堰から下流の神田字宮谷一九二番地先までの水路部分は水利組合の専属とされ、同所から下流の野瀬所属の県道に至る間の水路部分は水利組合と奥池かかりの所有者ら(関係者)の共用水路とされた。県道とは原告らが設置したポンプの所在する地点(別紙図面②の記載付近)の少し上流の公民館のある場所である。

このように、そもそも本件導水路は、水利組合が西畑川(旧五味川)から取水して淡河川に放流するために設置された水路であって、本件導水路沿線の田畑の用水用に設置された水路ではなく、本件導水路の廃止・変更・管理・使用等のすべての権利は水利組合に帰属するところ、前記のとおり、被告は水利組合の同意を得て本件ポンプを設置したのである。

8  水利権は排他的・独占的に水流を使用する権利であるところ、原告らは本件導水路について慣行による水利権を有すると主張するが、仮に、原告らが本件導水路について水利権を有するとしても、本件導水路の流水は、その上流の奥池かかりの関係者が上流のものとして当然に優先的に使用する権利があり、下流に位置する原告らには、奥池かかりの使用後の余水を使用するという制約が当然に内在するものというべきである。加えて、本件導水路には、桜井堰から取水した西畑川の流水のみではなく、奥池の水も放流されているのであって、原告らは奥池の水を下流に流せと要求する権利はなんらない。

原告らは先祖代々本件導水路の流水を利用してきたと主張するが、原告らの現在の水利用の態様は、高性能ポンプによって水を汲み上げる方式であり、昭和四八年以降に、原告らは右ポンプによる汲み上げ方式により、本来、本件導水路周辺の田畑でなかったためその流水を利用できる状況になかった田畑(原告らの所有ないし耕作する田畑は本件導水路より遥か高い位置に存する。)に引水しているのであるから、右利用は流水の自然利用の範囲を越えており、その意味で原告らの主張は理由がない。

これに対し、本件ポンプの設置は、土地改良事業の必要という公益のため、奥池かかりの本件導水路の使用の形態として、奥池かかりの水利用を妨害しない範囲で認められたものである。

9  前記のとおり、本件ポンプは奥池の水利権者の本件導水路の水利権を侵害しないことを条件に設置されたものであり、現実に年間わずか四二時間程度しか稼働しておらず本件導水路の水利権者の水利権を妨害していないから、仮に原告らに本件導水路の水利権があるとしても、本件ポンプは原告らの水利権を侵害するものではない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因2の事実は当事者間に争いがない。右当事者間に争いがない事実に<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件導水路及びその周辺の状況

本件導水路は、別紙図面記載の①点から②点に至る全長約一〇〇〇メートルに及ぶ水路部分(青太線で表示)である。同図面①点には西畑川からの取水口である桜井堰(所在土地の表示 神戸市北区淡河町神田字五味三四一番の二井溝6.61平方メートル)が、同図面YP点には後記被告設置にかかるポンプ小屋及び本件ポンプが存し、桜井堰からしばらくの間はコンクリート製の開渠部分であり、その後は暗渠部分となり、別紙図面表示の「掘割」に至り、同所からはおおむね幅・深さとも約五〇ないし六〇センチメートルのコンクリートにより整備された開渠部分となっており、昭和四五年ころ神戸市が水路を拡大改修して神田川と命名された同図面表示の神田川に連なっている。同図面XP1、XP2、XP3には後記原告らが設置したポンプが存在する。

本件導水路の周辺には、別紙図面表示のとおり、上流側から順次「奥池」、「ヒクニ池」、「西谷池」、「栗池」、「下池」の各溜池が存し、その他の大小の池を合わせると相当数の溜池が存する。

2  本件導水路の沿革

古くから、兵庫県美嚢郡上淡河村神田地区(現神戸市北区淡河町神田地区)の本件導水路周辺の田畑の用水は、同地区各所に設置されていた溜池と五味川(現西畑川)から引水し淡河川に至る水路を流れる流水を利用していた(少なくとも前記掘割は江戸時代のものである。)。水利用の仕方により、右地区の田畑中、奥池(神戸市北区淡河町字五味二六番溜池86.24平方メートル)という溜池の水を利用する田畑は「奥池かかり」と、同じく、栗池(神戸市北区淡河町神田字栗木九一八番地溜池91.53平方メートル)、下池、ヒクニ池の水を利用する田畑はそれぞれ「栗池かかり」、「下池かかり」、「ヒクニ池かかり」と呼ばれていた。

3  大正一四年の改修工事の記録

栗池かかり所有・耕作者の団体の管理者保管にかかる「桜井堰日役兼諸入費帳」と題する書面(甲第七号証)及び「栗ノ木池並びに下池算用帳」と題する書面(甲第四号証)によると、大正一四年、桜井堰及び水路の改修工事がなされ、労力の提供、測量費用の負担等を栗池かかりの所有・耕作者が負担し、右工事に要した費用金二〇円七九銭について奥池四分、栗池六分の割合で分担した旨が記録されている。

4  昭和一三年の改修工事

(一)  昭和一三年ころ、本件導水路下流の現兵庫県加古郡稲美町その他の村落が水利組合(兵庫県淡河川・山田川普通水利組合)を結成し、淡河川疎水取入口の増水を図る目的で五味川からの引水を求め、桜井堰及び水路の復旧・改修・改良工事を計画した。そして、右水利組合との間で、兵庫県美嚢郡上淡河村長前田敬助は、右工事に利害関係を有する同村の住民を代表して、同年一一月一〇日付で右工事に対する同意書(乙第一号証中の同意書)に署名し、さらに同年一二月二二日付で、「水利組合の引水期間は毎年九月二〇日から四月二〇日までの間とし、その他の期間は地元の灌がい用水に使用した余水を引水する。新設の桜井堰及び本件導水路中上淡河村神田字宮谷区一九二番地先に至るまでの部分は水利組合の専属とし、同組合が修理・保存に責任を持つ。その余の本件導水路は水利組合と地元との共用水路とする。右工事及び通水により地元に損害が生じた場合には水利組合が相当な補償をする。」を要旨とする覚書(乙第一号証中の覚書)を取り交わした。このような経過で桜井堰の復旧及び本件導水路の改修・新設工事がなされた。

栗池かかりの管理者保管にかかる「昭和一三年一二月栗之木池並下池算用帳」と題する書面(甲第五号証)、「昭和一四年栗之木池並下池算用帳」と題する書面(甲第六号証)並びに奥池かかりの管理者保管にかかる「自昭和一三年四月至昭和一四年三月 桜井堰復旧並導水路新設改良工事諸費用算用帳」と題する書面には、右工事に関連して奥池かかり及び栗池かかりの各構成員が水利組合との間で会合を持ち、あるいは一部費用を負担した旨の記録がある。

(二)  右覚書は、本件導水路に関する水利組合と奥池かかり・栗池かかりを含む地元との協定であって、右協定以降は、桜井堰及び同所から前記字宮谷一九二番地先までの水路は水利組合が維持・管理することとなった(桜井堰の所在地及びその付近の土地は、右工事に際し、水利組合が所有権を取得している。)。そして、その余の本件導水路のみについて、地元において維持・管理なすこととなった。本件導水路の大部分は奥池かかりに属するが、その下流の神田川に至る一部分は栗池かかりに属するごとくである。《前記昭和一三年の改修工事に際して作成された本件導水路及びその周辺の実測平面図(乙第四号証)には、桜井堰付近を1とし、順次下流に向かって45までの数字の記載(以下「上流数字列」という。)があり、右42の数字付近からさらに下流に向かって1から6(6は現神田川入口付近にあたる。)をへて39までの数字の記載(以下「下流数字列」という。)が存する。本件導水路は下流数字列5付近までの水路部分にあたる。上流数字列は奥池かかりの各田畑への取入口、下流数字列は栗池かかりの各取入口の記載と考えられるから、本件導水路は、奥池かかり専用部分(上流数字列1ないし42部分)、栗池かかり専用部分(上流数字列45から下流数字列6部分)及び奥池かかり・栗池かかり共用部分(上流数字列42ないし45部分)に一応区分されていたものと認めるのが相当である。》そして、その後、右区分に従って、本件導水路を奥池かかり、栗池かかりの所有・耕作者が維持・管理してきた。

5  ポンプによる揚水

本件導水路の流水(西畑川流水)は、本件導水路周辺の奥池かかりや栗池かかりの田に直接取水され利用されてきたが、自然の地形等により、右方法により西畑川流水を利用できる田は限られていた。

昭和一六年ころ、戦時の米増産を目的として四基のポンプにより西畑川流水が栗池に揚水され、栗池かかりその他の田の用水として利用されるようになった。その後、昭和四〇年ころに一基、昭和四五年ころに一基(西谷池への揚水用)ポンプが設置された。右昭和一六年ころ設置されたポンプは、その後改修されるなどして、現在、別紙図面XP1(以下「ポンプ1」という。)、XP2(以下「ポンプ2」という。)、XP3(以下「ポンプ3」という。)の位置に存し、原告らが管理しているところ、右ポンプ2、3により揚水された水は、従来の栗池かかりとは関係のない田の用水として利用されている。

ポンプによる揚水は、従前の西畑川流水の利用方法とは異なり、自然の地形による利用制限がなかったから、右方法により、従前本件導水路の水を利用していなかった田への揚水が可能となった。従って、揚水用ポンプの設置は、従前の本件導水路の利用者ことに下流の利用者の同意もしくは暗黙の同意をえてなされるべきものであった(もっとも<証拠>によると、前記昭和四五年ころに設置された西谷池への揚水用のポンプについては、いまだに協議中であるなど、必ずしも厳密に下流の水利用者の同意をえてポンプ設置がなされてきたものとは認められない。)

6  被告らによる土地改良事業の実施と本件ポンプの設置

被告外八名(計九名)は、土地改良事業を計画し、神戸市神田土地改良事業協同施行(代表者被告。以下「協同施行」という。)として、土地改良事業を共同施行した(工事予定期間昭和五八年一一月から昭和六〇年三月まで)。右土地改良事業計画は、神戸市北区淡河町神田、八多町西畑地区の田畑等7.92ヘクタールを対象として、農地の区画形質の改善、用排水路の整備、農地の集団化等を目的として施行されたものであるが、その計画の一部として、桜井堰の改修工事(なお、同時に西畑川の河川改修工事も並行して行われた。)、ポンプ小屋と本件ポンプの設置(昭和五九年五月完成)、本件ポンプからヒクニ池へのパイプラインの設置等が行われた。そして、本件ポンプ設置前である昭和五八年三月、協同施行は奥池代表者被告外四名から、「毎年四月二一日から九月一九日までの間、奥池かかりの用水に支障を及ぼさないことを条件として、西畑川の余水を共同施行の保有する干害水田にポンプにより揚水することにつき同意する。」旨を内容とする本件ポンプ設置の同意書(乙第二、第三号証)の交付を受けた。また、同時に本件ポンプ設置場所の土地所有者である水利組合からも本件ポンプ設置の同意書の交付を受けた。右協同施行の構成員は、淡河町神田地区・八多町西畑地区の一部の田畑の所有者である被告外九名であるが、うち七名は奥池かかり及びヒクニ池かかりの田畑の所有者であった。本件ポンプによるヒクニ池への揚水により、それまでは本件導水路の流水を利用していなかったヒクニ池かかりの田畑への水利用が可能となった。

7  本件ポンプの稼働実績

本件ポンプは、その完成時である昭和五九年五月から昭和六二年五月までの間、合計四〇時間程度しか稼働しておらず、本件導水路周辺の田畑の水利に影響を及ぼしていない。

8  被告は、奥池という溜池の水を利用する田畑(奥池かかり)の所有・耕作者であり、原告らは栗池という溜池の水を利用する田畑(栗池かかり)の所有・耕作者であるが、原告らのうち五名は奥池かかりの田畑の所有・耕作者でもある(このように水利用の区分は人単位ではなく田畑単位で定められている。)

以上のとおり、認められる。<証拠判断略>

二右認定事実を前提に検討する。

1 前認定一1ないし4の事実によると、本件導水路周辺の田畑は各溜池の水及び本件導水路を流れる溜池の排水並びに本件導水路の西畑川流水を灌がい用水としてきたものであって(自然的地形により本件導水路より取水可能な田畑に限る。)、原告らは栗池かかりの所有・耕作者として、被告は奥池かかりの所有・耕作者として、その権利の内容ことに相互間の関係はともかくとして、それぞれ本件導水路の西畑川流水につき慣行水利権(流水使用権)を有するものと認めるのが相当である。被告は、本件導水路の水利権は、水利組合あるいは奥池かかりの所有・耕作者に帰属し、栗池かかりの所有・耕作者である原告らには帰属しない旨主張するが、前記一2ないし4認定のとおり、古くから栗池かかりの所有・耕作者を含む本件導水路周辺の田畑の所有・耕作者は改修前の水路(改修・一部新設され本件導水路となった。)の流水につき慣行による流水利用権を有していたことは、大正一四年の改修においては桜井堰新設等の費用を分担し、昭和一三年の改修においても当時の上淡河村村長を代表者として水利組合との間で覚書等を取り交わしていることなどを記録した文書の存在によっても確認できるから、右被告の主張は理由がない。

2  本件紛争は、奥池かかりの流水使用権と栗池かかりのそれとの対立から生じた流水使用権相互の紛争という側面のみではなく、ポンプ揚水により新たに本件導水路の流水を利用することのできるようになった田畑(奥池かかり所有・耕作者及び栗池かかり所有・耕作者その他の者所有の田畑に及ぶ。)に水利権が及ぶか否か、及ぶとして、右と従前の自然の地形により取水してきた田畑の水利権との優劣関係いかんの問題に関連して生じた紛争という性格をも合わせ有するものと解せられる。

3 本件において、原告らの有する流水使用権の範囲は、奥池かかりの所有・耕作者のそれと同様に、灌がい用水としてその必要を充たし、かつ他人の権利を害さない程度に止どまるものと解せられる。そして、原告らは、その取水場所としては、前記一(4)(二)認定の奥池かかり・栗池かかり共用部分及び栗池かかり専用部分に限られるものと解されるが、被告主張のように、本件導水路の流水について、奥池かかりの関係者に上流に位置するものとして、下流に位置する栗池かかりの関係者に優先して使用する権利があるとする慣行の存在は認められず、かつそう解するのは相当でない。しかしながら、本件導水路には、西畑川流水及びその使用後の排水のみではなく奥池その他の溜池の灌がい用水使用後の排水も流れているわけであるから、その限りで各溜池の余水をも含め、下流の関係者が灌がい用水としてその必要を充たす水量を確保できれば、それ以上に上流の関係者に対し異議をさしはさむことはできないものというべきである。

4 本件ポンプ設置の経過は前記一6認定のとおりであって、本件ポンプからの取水は、従来本件導水路の流水を利用できなかった被告外協同施行の構成員保有の田畑(従来はヒクニ池の水を灌がい用水として利用していた。)にポンプ揚水の方法によりヒクニ池を介してその利用を可能としたものであるから、被告において、従来の本件導水路の流水の利用可能な田畑以外の田畑への灌がい用水目的利用として、本件ポンプ設置前に栗池かかりの関係者を含む関係水利権者との協議により右利用につき同意・承認をえておくべきであったものとういべきである。にも拘わらず、前認定のとおり、被告は水利組合と奥池代表者の同意をえたのみでこれを行った。従って、後記のとおり、本件導水路の流水の利用については、昭和一〇年代からポンプ揚水の方法がとられはじめ、先行のポンプ揚水(従前の利用実績のなかった田畑へのそれを含む。)の一部にはすでに慣行流水利用権として社会的に認知すべきものも存するがごとき事情を考慮してもなお、被告(協同施行の代表者)は本件ポンプによる取水により、適正な範囲における原告らの本件導水路の流水利用を妨害してはならないものと解するのが相当である。

5  そこで、被告の本件ポンプによる取水が、原告らの流水使用権に重大な支障を来すものであるか否か、あるいはその危険性(強度の蓋然性)が存するか否かについて検討する。

原告らの本件導水路の流水使用権は、栗池その他の溜池の水をも加え、その田畑の灌がいに必要な水量を取水する権利であると解されるところ、原告らが必要とする水量及び本件ポンプによる取水の影響は本件証拠上明らかでなく、かつ前記一7認定の本件ポンプの稼働実績を前提にすると本件ポンプによる取水は原告らの流水使用権には特段の影響を及ぼしてはいないこと、前記一6認定のとおり、奥池代表者は協同施行に対し、本件ポンプの稼働により奥池かかりの流水使用権に支障を及ぼさないことを条件に本件ポンプの設置に同意したことが認められるところ、協同施行は原告らを含む栗池かかりの関係者に対し同意を求めることはしなかったとはいうものの、奥池かかりのみならず、栗池かかりその他の下流の流水使用権者の流水使用権に支障を及ぼさないことを条件に本件ポンプを稼働する義務があるものと解されるし、かつ前記稼働実績に照らすと被告は将来にわたって右義務に従って本件ポンプを稼働させていくものと考えられること等の諸事情に鑑みると、本件ポンプによる取水が原告らの流水使用権に重大な支障を及ぼし、あるいはその強度の危険性のあるものと認めるに足りないものというべきである。その他、本件全証拠によるも、右原告の主張を認めるに足りる事実は認められない。

なお、原告らが本件ポンプ揚水により影響を受けると主張する田畑は、自然の地形により本件導水路から直接取水している田畑に止どまらず、その時期はともかくも、ポンプ揚水により新たに本件導水路の流水を利用できるようになった田畑を含むものであると認められ、このように栗池かかりにおいてもポンプの使用により本件導水路の利用の範囲を拡大してきたものというべきであって、本件ポンプによる取水の原告らの流水使用権に対する影響を考える場合この点も斟酌すべきものである。

6 以上のとおり、原告らは本件導水路の流水使用権を有するものであることは認められるものの、本件全証拠によるも、本件ポンプによる取水により右原告らの流水使用権に重大な支障を来し、あるいはその強度の危険性が存するものと認めるに足りないから、原告らの本件請求は理由がない。

三よって、原告らの本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官杉森研二)

別紙目録

神戸市北区淡河町神田字五味三四番ノ二井溝6.61平方メートルの土地に設置された井堰(通称桜井堰)により、西畑川から取水し、同土地、同所三六番ノ四井溝66.0平方メートル及び同所四〇番ノ二井溝46.0平方メートルをへて、神田川に至る延長約一〇〇〇メートルの導水路

別紙図面<省略>

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